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木曜日, 2月 02, 2006

onkon

「音楽の根源にあるもの」
小泉文夫の著作です。
わらべうたについての考察などを読んでいると、
サンプリング・リミックス文化というものが高度な
テクノロジーを用いて原始に回帰しているような
感覚さえしてきます。わらべうたに完成はなく、
絶えず改変され、沢山のヴァリエーションが
生まれては消えていくということを繰り返しながら
広まっていくのです。

一体その生命力は何なのだろう、と小泉はいいます。

何となく、椹木が「シミュレーショニズム」でハウス
ミュージックは質の低さにも関わらず大量に作られたが
故に強度をもったと主張するそれに近いものがある
ように思います。椹木はドゥルーズ/ガタリを持ち出して
資本主義と分裂症がどうのと述べていますが、僕にはよく
わかりません。が、単に数を打てば当たるという話ではない
何かがあるように思います。

音楽の広まり方、については非常に興味があり、一体
何が「スタンダード」となりえるのか、ということに
ついてよく考えます。音韻情報によってコントロールされる
感情や、今まで聴くことのなかった周波数で鳴らされた音
による身体感覚の拡張、これらが「音楽」と称され人々に
受け入れられている状況。ジャンルやそれを享受する
コミュニティなどなど...。この本では農耕民族と狩猟民族で
異なる音楽の性質などが取り上げられています。本当?
とか言い過ぎじゃない?なところもいっぱいですが、
それも含めて面白いです。

その他にも、角田忠信、岩田宏、谷川俊太郎との対談は
どれも刺激的で、これらが70年代に話されていたとは
信じられないほどです。逆にいえば全然進歩してない
ということです。それほどまでに「根源」たりえている
話なのかもしれませんが(もう進歩という考え方自体
どうなのか怪しいですね)。とにかく、ここから現代に
おいても適用できる考えに色々と接続可能なので、結構
読み返しています。

レジュメ
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